完全リモートな働き方は思っていたほど甘くなかった

完全リモートで働けるって、すごい理想的だなぁなんて思っていた。だって、通勤時間が必要ないし無駄が省けていいじゃないって思っていた。自分の好きな音楽をかけながら、テンション上げて仕事できていいじゃないって思っていた。オフィスにかかってくる電話に仕事を中断されなくてすんでいいじゃんって思ってた。

確かにその通りだった。そういうメリットはその通りで、瑣末な問題に縛られなくてすむのがすごい楽だった。けれども、そのかわりに他の大切なことが失われていて、この働き方はやっぱり合わないのかもしれないと思うようになった。いくつか完全リモートで働いた経験から、ちょっと思うところを吐き出しておきたい。

ちなみに完全リモート、つまりマッチングから実際に働いて報酬をいただくまで、完全にリモートで完結という働き方である。一緒に働く相手(の顔)を直接知らないという環境での話であることを最初に断っておく。

完全リモートの問題点

完全リモートだと、一緒に働く人に対するリスペクトが生まれない。一緒にいいものを作り上げようという気概で臨もうとしても、他の人は自分と同じように積極的にコミットしているのだろうかという疑心暗鬼が生まれてしまう。他の人の働きぶり(チャットの対応とかから類推するしかないが)をみて、「こいつサボってんじゃね?」と感じてしまうのである。

これは完全に私の心が狭いことに起因している気がしないでもない。しかし私だけに限った話ではないのだと思う。

なぜなら、働き方のルールが性悪説にもとづいている(と感じる)からである。例えば作業時間に応じて報酬が発生するとしよう。いわゆる時給制だ。ここで問題になるのは、申告される作業時間は本当に作業時間なのかという問題である。リモートだと相手がサボっていても、それに気づくことができない。だから働き方のルールは、働くものがサボることを前提として、不正な働き方ができないように作らざるを得ない。

対策としては2パターン考えられるだろう。まずは一般的な時給制と同じように、タイムカードを使って作業時間を記録する方法。ただし、リモートだとタイムカードを打刻したあとサボっていてもまったくわからないので、そのままでは利用できない。作業していたと分かるように、パソコンでの作業状況をモニタリングするツールと併用が必要になる。

もう1つの方法は、実際の作業時間を無視して予め取り決めた時間を働いたとみなす方法。この日は3時間でこれだけやってください、と仕事を割り当てられる。その仕事が3時間で終わらず、実際には4時間かかったとしても報酬は3時間分という方式である。この場合、逆に2時間で終わらせられたら1時間分多く貰えてラッキーという話になる。

前者のパターンは仕組みを作るのに労力がかかるため、そう簡単に導入できないだろうことが予想される。ちなみにクラウドワークスで時給作業するとこの方式である。

後者のパターンはある意味現実的な解だと思われる。ただしそこには諦めが含まれている。依頼主からすると2時間で終わるかもしれない仕事に3時間分の報酬を払うという諦め、仕事を受ける側からすると作業時間がオーバーすることにより無報酬で働く可能性があるという諦め。そしてその諦めは、想像以上に貢献しようという気概を削ぐ。

必要最低限しかしない

割り当てられた仕事はちゃんとこなすが、それ以上のことをやろうと思えない。メリットが感じられない。それは必要最低限のことしかしなくなることを意味する。

私が思うのだから、他の人もそう感じているのではないだろうか。そう思うと、一緒の働き方をしている他のメンバーの垣間見える言動から、「こいつはサボってんじゃないのか、真面目にやってないんじゃないか」という疑念が生まれる。そうなると、割り当てられた仕事すらちゃんとやってないように見えるのに、なぜ自分がそれ以上のことをやらないといけないというのかという怒りが生まれてくるのだ。

こう書いていると、単に私がみみっちいだけの話でしかない。だがそういう感情が生まれてくることを止めることが残念ながらできない。

割り当てられた仕事においては最大限のパフォーマンスを発揮しているとは自分では思っている。しかしそれはきっと、他の人も同じなんだと思う。その人はその人で出来得る限りのことをやっているのだと思う(そう信じたい)。

単に私の弱い醜い部分が、疑念を生み出しているだけなのだ。しかしそんな葛藤も最初のうちで、最終的にはもう必要最低限のことだけしようというところに落ち着いてしまった。やろうと思えばいろいろできるのだけど、やりがいだけが搾取されるような気がしてならない。システムが私を信頼していないのだから。私にできるのは割り当てられたことをしっかりとこなすだけである。

相手あってこそ

リモートワークには悪い面もある。便利なことばかりではない。それはわかっていたつもりだった。しかし、自分が気を強く持っていればなんだってできると思っていた。しかし、やはり誰かと一緒に働くということは、何よりもチームワークが大事なのだということを痛感した。

リモートワークは、オフィスワークで顔を合わせ、その人となりを知り、信頼感を醸成した上でなければうまく回らないのだろう。あの人の普段の働きぶりであれば、リモートでもちゃんとやってくれていると思える。だから運用できる。どこの馬の骨とも分からない相手だと、それは無理という話である。

人と直接付き合わなくてすむなんて楽じゃないか、なんて思っていた。ビバ完全リモート。けれど、そう感じて始めた完全リモートワークで、人との付き合いこそが大事なのだと気付かされるなど、なんとも滑稽な話である。

そんな滑稽な私が、これだけはやっとけということが言えるとしたら、コミュニケーションを密に取りなさいということだろう。フェイス・トゥ・フェイスでのコミュニケーションができないからこそ、連絡はこまめに取るべきである。

メールでの連絡がメインなのだったら、多少返信が遅れてもいいやではない。メールでしか連絡できないからこそ、こまめに、素早く対応すべきである。自分の送ったメールの返答が一週間ないと気が気でない。睡眠時間にも影響をおよぼすのでやめてほしい。

チャットでの雑談、絶対に大事だと思う。雑談がないから余計に相手の人となりがわからず、疑心暗鬼に陥るのだと思う。雑談の皆無な場で、最初にボールを投げるのは勇気がいる。せめてボールが投げられたら拾ってあげたい。

まとめ

つらつら書いてきたが、単に私の圧倒的当事者意識が足りていないだけなのかもしれない。思い返せばオフィスワークしていた頃も圧倒的に足りていなかったと思う。それは間違いない。

完全リモートな働き方が悪いのではなく、自分の「俺は悪くない、周りが悪いんだ」の精神が原因なのかもしれない。そうだったら完全なとばっちり記事になってしまったかもしれない。

ただ、人とのつながりに疲れて完全リモートワークに光明を見出したとしても、そうそう人とのつながりは断てないのだということを伝える意義はあると思う。

結局のところ、直接顔を合わせないからこそ、こまめなコミュニケーションを必要とされるのだということは間違いない。

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