あるべき論に突き動かされる

こうあるべきだと考えるのは勝手だが、相手に強制するのは良くない。

良くないと思うが、やっぱりストレスに感じるのだ。それは自分が「こうやるべきだ、こうあるべきだ」と考えているからである。

相手がサボっているようにみえるのは、自分はこんなにがんばっているのだから、あいつもそうするべきだなんていう思いが根底にある。突き詰めると、俺はこれだけやってるんだから評価してくれということに繋がるのだろう。

他人から評価されたい、よく思われたいという思いは私の中で肥大化していく。こうあるべきだなんていう考えもここから来ているのだろう。

自分も適当に手を抜けばいいんじゃないのか。まあ手抜きできるならしている。実際手は抜いていると思う。

それでも抜ききれないのはよく思われたいという思いが踏みとどまらせている気がする。そう思うと悪いことではないのかもしれない。

でも一方で、手を抜いてるやつに(いや、そう見えるやつに)どす黒い感情をつのらせ、頭の中がぐちゃぐちゃになってやる気が削がれていく。

今はこのパターンは良くないと思ってガス抜きしているところである。王様の耳はロバの耳と叫んでいるつもり。いや、そこまでは行っていないか。

なんか書き出したら多少ましになるかな、でも愚痴をそのまま書いてもなということで、ぼかした感じ。

自分にはフリーランスも合ってないのかもしれない。

スポンサー広告