余計なことをしてたせいだった

Ktorで作ったテストアプリをデプロイしようとしてうまくいかなかったんだが、うまくいかなすぎてだいぶ塩漬けしてた。

久しぶりにやり直してみると、単に私が余計なことをやってたせいでうまくいかなかったようだ。ちゃんとデプロイ先でも動いた。よかったよかった。

しかしまあ、デプロイの設定もうちょっとなんとかしないと、毎回ビルドしてscpでサーバにアップロードして適切な場所に移動して・・・みたいなことやるのくそめんどくさい。

久々の砥石

剪定ばさみをメンテするのに砥石を久しぶりに引っ張り出してきた。後片付けがとにかく面倒くさいので、研がねばと思ってもなかなかやろうとは思えなくてなぁ。

今回は剪定ばさみをメンテするという目的があったので行動に移したが、カンナやノミの刃先が欠けてるなぁ程度ではなかなか腰が上がらない。

とはいえ一度砥石を取り出して、さあ研ぐぞとなったらフットワークは軽い。先延ばしにしてたノミやカンナの刃もついでにメンテした。

だんだん研ぎのコツがつかめてきたような気がする。というより、省力化しだした、というのが正しい。

感覚的な話だが、これまでは刃の斜めになっている部分を砥石にあてて何度も往復させていた。これだと刃先がまったく研げない。気持ち刃先が当たるように少し起こして、あとは刃物の角度がぶれないように力を適度に抜いてこする感じでやると早かったように思う。

砥石の平面直しも作業が終わったあとに一回する程度ですませた。そこまで頻繁に平面に治そうとしなくても良さそう。そもそも平面に治す際にちゃんと平面になってるかわからないからね。

一日かかっても満足に切れない、みたいな以前の状態からすると、今回はさっさと刃が仕上がったように思う。とりあえず紙がスパッと切れれば上出来でしょ。

そこから更に刃先が長持ちするように調整したりするらしいけれど、それはいまいちやり方がわからん。やってみたら切れなくなって本末転倒だった。小刃の付け方か。ちょっと角度をつけすぎてたのかもしれんなぁ。次は気持ち上げる程度にしてやってみよう。

そういえば、放置されてた砥石を拾い上げているんだが、番手がわからなくて手を付けていない。一回使ってみたらどの程度の番手かわかるかもしれんが・・・。

論理的に考えられない

論理的思考力が衰えている。何をどこから考えればいいのかがわからない。

衰えたなぁ。

だが待ってほしい、いつから「衰えた」といえるのだろうか。衰えたということは、以前はできていたということだ。だが、それは「もともとできていなかった」だけではないのか。以前はできていたと勝手に記憶を改ざんしているのではないか。

そう考えると落ち込むことはない。もともと論理的に考えることなどできていなかったのだ。できていなかったことに気づけただけである。

衰えただとマイナススタートということだが、もともとできていなかっただけなら単にゼロスタートだ。おお、考え方一つで大きく一歩前進してる。

悲観的な思考が原因か

となるとなんでもかんでも悲観的に捉え過ぎなことが問題として挙げられるかもしれん。

祖母を羨むのも、親戚を妬むのも、全て悲観的にものごとを見ているからとも言える。

そう考えると、たしかに何事も悲観的に捉えているのは間違いない気がする。

できていたはずのことができないから腹が立つ。でももともとできていなかったのではないか。勝手に自分の中でできていたことに消化させていなかったか。

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