街中を歩いていて、目の前の人がジュースの空き缶をポイ捨てした。あなたはどうするだろうか。

  1. ポイ捨てを注意する
  2. ポイ捨てされた空き缶を拾って自分が捨てる
  3. 特に何か行動をとるわけではないがストレスを溜め込む
  4. 特に何か行動をとるわけではないが、かといってストレスを溜め込むわけでもない
  5. 何も感じない

1.は本人に改善を促すパターン。それはマナー違反だ、ちゃんとゴミ箱に捨てなさいと注意するわけである。逆ギレされたらどうしようとか、変に絡まれて危険な目に合わないかとか考えてしまって、私はこういう行動は取れない。

2.は気づいた自分が改善するパターン。相手を変えることは難しいが、自分が変わることは簡単である。しかし、なぜ私が他人のケツを拭かねばならんのだとなって、私はこういう行動は取れない。

3.は自分の中に溜め込むパターン。上記1.や2.の行動が取れない、だけどゴミはゴミ箱に捨てるべきだという理想があって、そのギャップに憤りを感じてしまうパターン。だいたい、ポイ捨てするやつが悪いという怒りを抱え込むことになるが、その怒りはその間違いを正せない自分に対する情けなさも含まれているのかもしれない。ちなみに私はこのパターン。

4.は3.のパターンに似ているが、感じたストレスをうまく処理することができるパターン。義憤にかられることはあっても、それを引きずらないということ。正直どうやったらこの怒りとおさらばできるのか私は知りたい。

5.は無関心パターン。ポイ捨て自体に何も感じないというパターンのことを言っている。良くないこととは思うがしょうがないと割り切っているのは4.に入る気がする。そんな些細な事はどうでもよいと割り切っているのは、5.になりそうだけどちょっと違うと思う。

まあ5.の分類に対してこだわりたいわけではなくて、私は4.になる方法を知りたいのである。そこで1.や2.になろうとしないのかというそしりは甘んじて受ける。しかし、私は1.2.を実行したいとは思わない。

ポイ捨てレベルであれば1.や2.の行動をとっても大差はないかもしれない。しかしここで「ポイ捨て」を例示している部分はポイ捨てに限らない。嘘八百を並べ立てて悪質なデマを拡散する人、弱者をカモにして儲けを掠め取る人、手を抜いたいい加減な仕事をする人、そういった自分が義憤にかられる行為をする人すべてに置き換え可能なのである。そして私はそれを想定してこの記事を書いている。

そういった人に対して改善を促すべく努力を重ねるのか。そういった人の間違っていると思う行為を自分が代わりに是正していくのか。それを考えると、私は1.2.の行動が取れるようになりたいとは思わない。

だが3.の状態は辛い。割り切ればいいのだけど、頭のなかから離れてくれないのである。ふと気がついたらそのことばかり考えている自分に気づく。ポイ捨てはそこまで引きづらないかもしれないけれども、ふとした瞬間にそのことを思い出して、反芻して、悶えるのである。

だから最近はどうにかして4.になれないか、4.になるには何が足りていないのかが知りたい。割り切るしかないと思っても、やっぱり気になるし腹立つしでどうしたらよいのやらという感じなのだ。

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