3D酔

3Dゲームの実況動画とか自分でやったりとかすると、どうにも3D酔してしまう。ゲームによるところもあるとは思うけれど。

実況動画だと自分が動かしてないから酔うのかもしれない。自分でやってるゲームでも、あまり気にならないものもあるけれど、視点を頻繁に動かすとかなりくるものがある(周りを探索するようなゲームとか)。

防波堤

断食するなんてやりだしてたのはもう2ヶ月前になるのか。と思っているが、本当に2ヶ月前だっけ、あれ。ああ、まだ1ヶ月とちょっとしか経ってないのか。断食やめてから1ヶ月は経ったということか。ふむ。

まああほらしって思って断食をやめたんだが、それから徐々にやる気というか、少しずつ活動力を戻してきたわけだ。薬飲んだらもうちょっとまともになるかもしれんが、そこまでやる気はないんだよな。

剪定の手伝いなんかは進んでやるようにはなったし、タイミングが合えばだけど。全盛期というか断食実行前ほどではないけれど、多少は労働するようになったし。

それもこれも外部干渉がなかったからなんだけども。それでどうにか戻ってきてる感じではある。けど、それってやっぱり周りのサポートがあってのことだったんだなぁと今更ながら実感する。俺に負担かけまいと防波堤になってくれてたわけだ。

なんというか価値観が違うというかね、馬が合わないんだよ。それでも接触の頻度が少なければどうにかやりくりできるけれど、こっちの都合お構い無しでまとわりつかれるとさ、それもできねえわけよ。最初のうちは、そう、10年前とかはしょうがねえなでやってきてたさ。その頃から価値観が合わなくてストレスを感じることもあったけど、まだ頻度が少なかったから、情が勝って付き合ってきたけれど。それが際限なくなってくると情も枯れて恨みしか残らない。

今感じている気分の悪さは3D酔によるものか、恨みによるものか。

最近は呪いが時折吹き出すこともあるからなぁ。活動的になるのも考えものかもしれん。無気力でいるほうが心平穏かもしれん。ただまあ、その状態だと家族に心配はかけるよな。何も言わずに防波堤になってくれてんのにさ。

まあ外野も本人も、傍からみたら可哀想な境遇なんかもしれんけどさ。じゃあ俺たちはどうなんだってことなんだよな。もう情けをかける心の余裕なんて俺にはないよ。とうの昔に枯れ果てたわ。

というかこういうことを考えるから俺の心が病んでいくんだよ・・・。だから干渉してくんなっていう話なんだわ。

高所の剪定

木の枝がぴょこぴょこ飛び出ているので枝を払う。しかし高所なのでかなりでかい庭木剪定用の脚立を引っ張り出しての作業だった。おかしいな、俺は高所恐怖症のはずなんだが。

脚立がのサイズが大きすぎるので、2人がかりじゃないと持ち運び・展開ができないレベルのもの。片側だけステップがついてて、もう片方は一本足のタイプ。庭木の剪定でよく見かける脚立。脚立というかはしごか?

レシプロソーが活躍というか、このレベルの脚立に登りながら太めの枝を切るにはレシプロソー使うのが一番ですわ。枝切り鋏では切れない太さで、それを手ノコで切ってたら絶対落ちる。レシプロソーでもやや怖いのに。

いっそのこともう根本から切るのがその後もう剪定しなくてもよくなるから楽でいい気はするんだが、根本から切ろうと思ったら今度はチェーンソーでも持ち出さないといかんからなぁ。さすがにレシプロソーでそれなりに高さのある木を根本から切るのは無理ってもんだ。

チェーンソーはオイルを用意したりとメンテが大変だし、そもそも使用頻度が低いだろうから買うのはちょっと憚られる。

ご意見はこちらまで